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名古屋高等裁判所 昭和35年(ネ)449号 判決 1961年10月31日

控訴人 株式会社仲島鉄工所

被控訴人 名古屋国税局長

訴訟代理人 林倫正 外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が昭和三二年一二月二〇日附をもつてなした控訴人の第一期事業年度(昭和二七年七月一日より昭和二八年六月三〇日まで)の法人税再調査決定に対する審査請求に対する決定は、第一期事業年度の所得金額につき金六一万六一〇〇円を超える部分、又昭和三三年一二月二九日附をもつてなした控訴人の第二期事業年度(昭和二八年七月一日より昭和二九年六月三〇日まで)の法人税再調査決定に対する審査決定に対する決定は、第二期事業年度の所得金額につき金三三万二九〇〇円を超える部分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用および書証の認否は、左記のように附加する外、原判決の事実摘示と同一であるから、こゝにこれを引用する。

(控訴人の主張)

一、原判決は、控訴会社の借入金は架空借入金であるというだけで、何故その借入金が会社の所得となるかを説明していない。原判決のいう架空借入金なる言葉は、控訴会社の借入金が存在しなかつたという意味であろうか。然らば、この場合には控訴会社へ借入金として現金が入つていないということであり、損益計算の上には関係がないから、所得について問題を生じない。或いは又、その所謂加空借入金とは架空名義のことの意味であろうか。この場合には、会社が第三者の名義を使用しようが、本人の名義を使用しようが、会社に現金が入つていることについては変りはないから、これまた会社の損益計算に対し影響がない。なお、原判決は一方において借入金という消極的事由が否認されゝば、他方それだけ当然に所得領が増加すると簡単にいつているが、そのような考え方は不合理で理解できない。

二、本件における結局の問題は、借入金の借入先として第三者の名義を仮装的に使つたか否かにあるのでなく、真実現金が借入金として会社へ入つたか否かにあるのである。そもそも架空借入金というのは、会社の資産たる売上金等の入金を、売上金等として記帳せずに、借入金の入金名義で処理することをいうのである。しかし、控訴会社において、果して右のような売上金.等の入金を売上金として計上しなかつた事実があるであろうか。この点については、一宮税務署長および国税局が、四年間の長きにわたり控訴会社の得意先仕入先につき調査したが、ついに判明しなかつたところである。

三、一般に、個人経営の営業を法人組織に改めるとき、その個人経営時の資産負債を一括して法人に引継ぐ方法をとれば、本件のような問題を生じない。本件においては、控訴会社の依頼した計理士が、その引継ぎの方法を誤まり、資産負債の関係を全面的に計算書類に現わさなかつたので、問題をひき起したのである。控訴会社は、その設立の際、控訴会社の代表者仲島甚一の財産を引継いだのであるが、当時右仲島個人の預金残高は、甲第一号証の一ないし八によれば約二九〇万円もあつたのであり、これを控訴会社に対する貸付金として引継ぎしたのである。そこで、右借入金の関係を真実のまゝ貸借対照表に現わせば問題がなかつたのに、架空の第三者の名義を用いて記帳したゝめ、税務署の疑惑を招くに至つたのである。

(被控訴人の主張)

法人税によれば、法人の課税標準である各事業年度の所得は、各事業年度の総益金から総損金を控除した金額による旨を規定している。こゝに総益金というのは、資本の払込以外において純資産増加の原因となるべき一切の事実であり、又総損金とは、資本の払戻又は利益の処分以外において純資産減少の原因となるべき一切の事実をいうと解せられている。被控訴人は、本件における借入金を架空の借入金と認定したものである。しかして、右の否認は貸借対照表上の負債を減少せしめることに外ならぬから、この否認された金額だけ当然に所得金額が増加したと見るべきことは自明の理である。一般に簿記上の原則に従えば、損益計算と財産計算との関係は、相互に有機的に結合しているものである。従つて、貸借対照表の負債科目の一部が否認されたときは、損益計算の面からいえば、それだけ売上漏れ又は架空仕人、経費の架空計上等があつたことを推定させるのである。本件において、被控訴人が個別的に損益計算の方法によらなかつたことは、なんら税務会計上違法ではなく、又不合理でもない。元来、控訴会社は法人税法にいう青色申告法人ではないから、法人税法第第三一条の四第二項の規定によつて所得を計算し得るのであり、被控訴人は、この計算方法に従つて、控訴会社の所得を推計したのである。

(双方の新立証)<省略>

理由

一、控訴会社は、その代表取締役仲島甚一の個人営業を改組して昭和二七年七月一日設立したものであること、控訴会社は、一宮税務署長に対して、その第一期事業年度分(昭和二七年七月一日より昭和二八年六月三〇日まで)及び第二期事業年度(昭和二八年七月一日より昭和二九年六月三〇日まで)の法人税の所得金額をいずれも零として申告したが、一宮税務署長はこれに対し、昭和二九年二月二八日右第一期事業年度の所得金額を金六一万六一〇〇円に、同年一二月三一日第二期事業年度の所得金額を金三二万四九〇〇円に各更正決定し、控訴会社はこれを承認して一応所得額が確定したこと、ところが、一宮税務署長は、昭和三二年三月二〇日に至り右第一期事業年度の所得金額を金九六万六一〇〇円に、又同日第二期事業年度の所得金額を金五八万二九〇〇円に各再更正決定し、続いて同年八月二四日右第二期事業年度の所得金額を金一三八万二九〇〇円に再々更正決定したこと、そこで、控訴会社は、一宮税務署長に対し前示各決定につき再調査の請求をしたが、同税務署長はこれを棄却したので、控訴会社は、更に被控訴人に対し審査の請求をなし、被控訴人はこれに対し、第一期事業年度の分につき昭和三二年一二月二〇日、第二期事業年度分につき昭和三三年一二月二九日いずれも請求棄却の決定をしたこと、しかして、一宮税務署長が上記のように第一期事業年度の所得金額を再更正したのは、控訴訴会社の申告にかゝる同期間中の金三五万円の借入金を架空のものとして否認したゝめであり、又、第二期事業年度の所得金額を再々更正したのは、同期間中の借入金合計一一〇万円を同様架空のものとして否認したゝめであること、以上の事実は、いずれも当事者間に争なきところである。

二、控訴人は、一宮税務署長の否認にかゝる前記各借入金は、いずれも真実に成立した貸借にもとづくものであり、右否認は不当である旨主張するけれども、成立に争のない甲第一号証の一ないし八の記載及び原審並に当審における控訴会社代表者仲島甚一の本人尋問の結果中、控訴人の右主張に符合する部分は、原審証人落合博之及び当審証人佐藤竜夫の各供述に照してにわかに措信しがたく、他に右主張事実を肯認せしめるに足る証拠は存在しない。却つて前記各認定事実と、成立に争のない乙第一号証の一、二、第二号証の一、二、第六ないし第一四号証、第一六および第一七号証、第一八号証の一、二、第一九ないし第三〇号証、原審証人落合博之及び当審証人佐藤竜夫の各証言及びこれらによりその成立を認め得る乙第三ないし第五号証、第三一号証を総合すると、一宮税務署長が控訴会社の前示各借入金を否認し、且つ被控訴人が右否認を正当として支持した経緯として、次のような事実が認め得られる。すなわち、(一)控訴会社は、当初、一宮税務署長に対し前記第一、二期事業年度の所得金額の申告をなすに当り、控訴会社は第一期事業年度において訴外森木材株式会社より金三五万円、第二期事業年度において訴外小川勝より金一〇万円、同松下秋美より金二〇万円、同田中正人より合計金四五万円、同波多野昌次より金一〇万円、同大野太郎より金二五万円の各借受金ありと主張し、一宮税務署長がなした再調査に際しては、右各訴外人作成名義の「控訴会社に対して融資をなした」旨記載せる上申書及び貸金証明書等を提出して、もつて右金員借受の事実を証明しようとした。(二)しかるに、一宮税務置長は控訴人の右主張を採用しなかつたので、こゝに控訴会社は前言をひるがえして、右第一、二期事業年度における各借入金はいずれも控訴会社が控訴会社代表者仲島甚一個人より借受けたものである旨主張を改めるに至つた。(三)そこで、控訴人より審査の請求を受けた被控訴人は、右借受の事実を確認するため、右仲島甚一の取引銀行たる訴外東海銀行一宮支店等について調査したが、控訴人の右主張を裏づけるに足る資料を発見できず、なお控訴人に対し該事実を立証すべき資料の提出を促したが、ついにその提出を見なかつた。(四)よつて、被控訴人は、控訴会社の主張にかゝる右仲島甚一よりの借受の事実は全く存在しないものと判断し、控訴会社の審査請求を棄却した。以上のような事実が認められ、右認定をくつがえすべき証拠はない。そこで、上記のような事実関係から考察すると、控訴会社が、その主張するように控訴会社代表者仲島甚一個人から、第一及び第二期事業年度において合計金一四五万円を借受けたことは、とうてい信用することができず、一宮税務署長及び被控訴人が右借受の事実を否定したことは、当時の調査資料からみて妥当な処置であつたとして是認せねばならない。なお、前掲乙弟二三号ないし第二五号証の記載及び当審証人佐藤竜夫の証言によると、控訴会社は、その後第四期事業年度(昭和三〇年七月一日より昭和三一年六月三〇日まで)及び第五期事業年度(昭和三一年七月一日より昭和三二年六月三〇日まで)における所得金額の確定申告をなすに当り、一宮税務署長がなした前示第一、二期事業年度における借入金の否認の一部を承認し、これを次期事業年度以後の貸借対照表上に顕出して調整するため、右第四期事業年度において金六五万円、第五期事業年度において金七〇万円の各雑収入金があつた如く関係書類に計上して届出をなしていることが認められ、これらの事実から推察しても、控訴会社の前記借入金は架空仮装のものであり、一宮税務署長がこれを否認し被控訴人も右否認を支持したことは、少しも不当の処置と思われず、これを正当として肯定し得るところである。

三、控訴人の主張によれば、本件におけるように借入金という消極的事由が否認されたとしても、当然にその金額だけ所得額が増加したとなすことは不合理であるというのであるけれども、一般に租税徴収上の会計技術として、貸借対照表の負債科目の一部が否認されたときは、損益計算の面からいつて右金額だけ売上漏れ又は架空仕人、架空経費等の計上があつたものと推定することは決して不合理といゝ得ない。殊に、法人税法第三一条の四第二項の趣意から考えても(控訴会社が法人税法にいう青色申告法人でないことは原審証人落合博之の証言によつて明白である)、法人の所得計算につき本件のような推計の方法をとることは、税務会計上妥当な処置として容認されねばならない。したがつて、一宮税務署長が前記のように控訴人主張の借入金を否認し、その否認金額を控訴人の所得金額に加算したことは、特段の事情につき主張も立証もない本件においては、これを違法として非難する根拠はない。

四、なお、控訴人は、控訴会社に対する本件各更正決定による課税は、控訴会社の代表者仲島甚一の個人営業に対する過少課税を、控訴会社の課税にしわよせしたものであつて不当であると主張するけれども、右のような事実はこれを認むべきなんらの証拠もないから、該主張はとうてい採用できない。

五、以上のような訳で、一宮税務署長のなした前示再更正及び再々更正処分はいずれも正当であり、これを是認した被控訴人の審査決定は少しも違法でなく、これが取消を求める被控訴人の本訴請求は失当で認容の余地がない。よつて、右と同趣旨の原判決は相当で、本件控訴は理由がないから、これを棄却することゝし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条第八九条を適用して、主文のように判決する。

(裁判官 石谷三郎 山口正夫 吉田彰)

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